大判例

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名古屋高等裁判所 昭和50年(ネ)570号 判決 1977年1月31日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人は被控訴人に対し金八二万四、〇〇〇円およびこのうち金七四万九、〇〇〇円に対する昭和五〇年四月五日から、金七万五、〇〇〇円に対する本判決言渡日の翌日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを三分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張および証拠関係は次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一(ただし原判決二枚目表末行および四枚目裏四行目に「池嵜弘」とあるのを「池嵜弘」と、同二枚目表末行に「普通自動車」とあるのを「普通貨物自動車」と訂正し、同裏三行目の「加害車」の次に「の助手席」を加え、同四枚目表四行目に「保検」とあるのを「保険」と、同六行目に「四六二万九、三六七円」とあるのを「四六二万二、三六七円」と、同裏二行目に「三ないし五」とあるのを「三、四」と訂正し、同二行目の次に「五は認める。」の一行を加える。)であるから、右記載をここに引用する。

一  (被控訴人の自賠法三条の要件についての主張の追加)

1  本件加害車は控訴人所有のものであり、控訴人はこれを土木建設業の日常の業務に使用していた。控訴人の事務所はその肩書住所地のアパート内にあり、訴外池嵜弘は本件事故当時控訴人に雇用され、右アパート内の居室に住み込んで働いていたが、本件事故日の前日右事務所内に保管してあつた本件加害車の鍵を持ち出して運転した。

2  右事務所の出入口には鍵がかかつていたが、池らの従業員はその錠をあける方法を知つており、施錠してあつても自由に出入りできた。

二  (右一の主張に対する控訴人の認否および主張)

1  右一の1の事実は認めるが、同2の事実は否認する。

2  控訴人方での就業時間は午前八時から午後五時までであり、控訴人は従業員に対し右時間外に控訴人所有の自動車を私用のために運転することを厳禁していた。

三  (控訴人の過失相殺の主張)

1  被控訴人は、本件事故当時名古屋市熱田区内にあるクラブ金剛山にホステスとして勤務し、本件事故当日同クラブに本件加害車を運転しきたり客となつた池嵜弘の席についてサービスをした。

2  被控訴人は、池が帰宅するに際し、相当酒に酔い、正常な運転ができない状態にあることを知りながら、池に対し同乗させてくれるように強く求めて、本件加害車の助手席に乗り込んだ「好意同乗者」であるので、これらの事情は損害類の算定にあたつて考慮すべきである。

四  右三の主張に対する被控訴人の認否

1  右三の1の事実は認めるが、同2の事実は否認する。

2  なお池は先行車に追随して通行していたが、前方注視義務を怠つたため、進路上にあつた安全地帯の発見が遅れて同所に本件加害車を衝突させたものである。

五  証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一の事実(本件事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  責任原因について

1  控訴人が本件加害車を所有し、土木建設業を営み、その事務所がその肩書住所地のアパート内にあつたこと、池嵜弘は控訴人により雇用されていた従業員であり、右アパート内の居室に住み込んでいたこと、本件加害車が本件事故以前に控訴人の業務に使用されていたことは当事者間に争いがなく、当審証人加賀美典江、同坂口修一の各証言、当審での控訴、被控訴各本人尋問の結果によれば、控訴人方での就業時間は午前八時から午後五時までであつたが、就業時間外に、事務所の出入口に施錠があつても、就業員は錠をあける方法を教えられていたので、自由に出入ができたこと、本件事故日の前日の午後五時以降、本件加害車の鍵は同事務所内の机の上方に掛けてあつたこと、池は以前自動車運転免許の取消処分を受けたため、本件事故当時自動車の運転資格を有しなかつたので、自動車の運転業務を担当していなかつたこと、しかし同日池は同事務所内から鍵を持ち出してこれを運転し、名古屋市熱田区内のクラブ金剛山におもむき、客としてホステスの被控訴人からサービスを受けたこと(この点は当事者間に争いがない。)、同クラブに着いた時刻は同日の午後一一時ごろであつたこと、池は本件事故前にも度々同車を運転して同所に客としてきていたこと、控訴人も、本件事故前に、池とともに同じく客としてきたことがあつたこと、池は同日右クラブで被控訴人と一しよにサービスしてくれた顔馴染みの訴外加賀美典江の求めに応じ、同席した同僚の訴外坂口修一とともに、加賀美と被控訴人を同市内の食堂に連れて行くことになり、本件加害車に被控訴人を乗せて出発したことが認められ、ほかに右認定を左右するにたりる証拠はない。

2  以上認定の事実によると、控訴人は本件加害車の所有者として同車の運行を支配していたものというべきであり、かつ被控訴人は「好意同乗者」であるが、控訴人に対する関係では「他人性」を有していたものということができるので、控訴人は自賠法三条の規定により、本件事故により被控訴人の被つた損害を賠償する責任があるといわなければならない。

三  受傷、治療経過等および損害(ただし慰藉料を除く)についての当該裁判所の認定判断は原判決理由中の説示(原判決五枚目裏五行目から同七枚目表六行目まで)と同一(ただし同五枚目裏六行目から八行目にかけて「原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四ないし第一一号証、原告本人尋問の結果」とあるのを「成立に争いのない甲第四ないし第一〇号証、原審および当審での被控訴本人尋問の結果」と改め、同六枚目裏三行目の「一二万」の次に「円」を加える。)であるからこれを引用する。

四  過失相殺について

1  当審証人坂口修一、同加賀美典江の各証言、原審および当審での被控訴本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、池が本件事故日の前日の午後一一時ころ同クラブにきたときには、すでに他所で飲酒してきて酔つていたが、前記同僚の坂口のテーブルにつき、被控訴人らのサービスを受けてビール二本位を飲んだこと、被控訴人は池が度々自動車を運転しきたり客となつていたことを知つていたこと、池は同日午後一一時四五分ころの閉店時まで飲んでいたこと、同人の酒量は通常であるが、同時間ころ相当に酔つていたこと、その後間もなく、被控訴人と加賀美は同クラブの近くにあつた本件加害車に乗つたところ、池から坂口の運転する自動車に乗り移るようにいわれたが、加賀美だけが坂口車に移つたこと、被控訴人は当時ほとんど飲酒していなかつたこと、坂口車に追随して本件加害車が発進し、約一〇分後に、池は先行車が左方へ進路を変えた瞬間、本件加害者の進路上に安全地帯を発見したが、間に合わず、同所に同車を衝突させたことが認められ、右認定に反する当審証人加賀美典江、当審での被控訴本人の各供述部分はたすやく信用できず、ほかに右認定を左右するにたりる証拠はない。

2  以上認定の事実によれば、池は酒酔いのため正常な運転をすることができない状態にあつたのであるから、みずから本件加害車の運転を中止すべき注意義務があつたのに、それを運転したことについて過失があつたものというべく、他方被控訴人は池が自動車を運転して同クラブに客としてきたことを知つていながら、すでに酔つていた池に対し、さらにビールを提供し、池が相当酔つていたことを承知のうえで他店に飲食に行くため本件加害車に同乗したものであり、かつ池が私用のために運転することも知つていたものと認められ、以上の情況のもとでは、被控訴人は同乗することを中止すべきことは勿論のこと、池に対し運転を中止するように忠告する義務さえあつたものというべきところ、かような行為に出なかつた点に過失があつたというべきである。以上の諸事情を考慮すると、被控訴人と控訴人側との過失割合は同じ程度であると認定するのが相当である。

3  してみると、控訴人は被控訴人に対し前記三の損害金合計二五三万九、五九五円のうち一二六万九、〇〇〇円を賠償する義務があるといわなければならない。

五  慰藉料について

前記認定の受傷の部位、程度、治療経過、後遺障害の程度、過失割合その他の諸事情を考慮すると、被控訴人の精神上の苦痛は五〇万円をもつて慰藉するのが相当であると認められる。

六  損害の填補について

被控訴人が自賠責保険金一〇二万円を受領したことは当事者間に争いがなく、前記四の3、五の損害金合計一七六万九、〇〇〇円から右一〇二万円を控除すると、損害金残は七四万九、〇〇〇円となる。

七  弁護士費用について

原審および当審を通じての本件の審理経過、本件事案の内容、認容額その他の前記認定の諸般の事情を考慮すると、原審分および当審分の弁護士費用は合計七万五、〇〇〇円と認定するのが相当である。

八  そうすると、被控訴人の本訴請求は、控訴人に対し損害金八二万四、〇〇〇円およびこのうち弁護士費用を除くその余の七四万九、〇〇〇円に対する本件不法行為後である昭和五〇年四月五日から、右弁護士費用七万五、〇〇〇円に対する本判決言渡日の翌日から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却すべきであり、これと結論を一部異にする原判決を変更することとし、民訴法九六条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 鹿山春男 新田誠志)

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